2011年09月25日

ルイ・シャルル・ド・フランス

シャルル・ド・フランス.jpgIMG_2028.PNG
似てる?(笑)

アントワネットの次男。
それまで国税を湯水のように使っていたアントワネットも、
子供が生まれてからは落ち着き、子供を溺愛する。

フランス革命の時に
ベルサイユから逃亡する際には
女装をさせられみるが途中で見つかり、
6歳でタンブルの牢獄に幽閉される。
一時、サンキュロットの靴屋の面倒になるが
実は虐待されていた。

自分の身分も忘れ、
現在のフランス国歌となっている革命派の歌
ラ・マルセイエーズを歌わされるが、
ある日、またタンブルの、日も当たらない一室に幽閉。
幽閉とは名ばかりで、
2年間完全に捨て置かれていた。

窓も、トイレもないくらい牢獄に、
一日一回の食事。
会話をしてくれる人もいない、掃除をしてくれる人もいない。
そして体中には腫瘍が出来・・・

ついには牢内で結核で死んでいるのが発見された。

その時10歳。
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2011年09月24日

マリーアントワネット

オーストリアの皇女として生まれる。
母、マリアテレジアの策略で、
フランスのルイ16世と14歳で政略結婚させられる。

王妃となってからは、
ローザベルタンというデザイナーの服を好み、
フランスのファッションリーダーであった。

夫のルイが性的不能だったため夫婦仲は思わしくなかった。
しかし、治療の甲斐あり、二人の息子と一人の娘に恵まれる。
長男は若くして病気で亡くなってしまったため、
残された二人の子供へ最大限の愛情を注ぐ。

ただ、国税を湯水のように使っていたため、
徐々に国民から非難されるようになり、
首飾り事件などを経て
ついにはフランス革命に発展してしまう。

そして、ついにフランス革命が勃発。
アントワネット一家は、フェルゼンの引率の元、
庶民に化けて、フランス脱出を試みる。
その際、アントワネットは家庭教師に扮していた。
しかし、その脱出は失敗し、パリへ連れ戻され、
ついにはタンブルの塔に幽閉されてしまう。
ただ、タンブルでの待遇は悪くはなかった。

そして、ついに革命裁判で、有罪判定をされ、
アントワネットはギロチンにかけられるのであった。

遺体は一旦、集団墓地に埋葬されるが、
王政復古が到来すると、
集団墓地からごく一部のアントワネットの遺骸は発見され、
サン・ドニ大聖堂に埋葬される。
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2011年09月23日

マダムデュバリー

アントワネットの義理の父親に当たる、ルイ15世の愛人。

かつては娼婦同然の生活をしていたため、
アントワネットは色々な人からデュバリー夫人の出生の悪さを聞かされ、
彼女を嫌い無視を続けるよう言われて、守っていた。
宮廷内では
夫人からアントワネットに声をかけることは禁じられていたため、
いつアントワネットが話しかけるかが宮廷中の話題になっていた。


しかし、実際は、
デュバリーは周りの人々からの評判はよく、
とてもいい人だったと言われている。

高汐巴さんのデュバリーは
みなさんの目にどう映るかな?
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2011年09月21日

ラ・モット伯爵夫人

いわゆる「首飾り事件」の首謀者。

彼女は元々はあまり裕福な家庭に生まれたわけではなかった。
しかし、ラ・モット伯爵と結婚することで、伯爵夫人となり、
貴族のみが参加出来る舞踏会に通うことになるが、
アントワネットにはあまり気に入られていなかった様子。

ラ・モットは、
アントワネットに好意を持っていたロアン枢機卿に、
「私は王妃と仲がいい」
と嘘をついて、ロアンから多くの金品を巻き上げていた。

ある日、ルイ15世がマダムデュバリーのために作らせた
160万リーブル(約200億円)もする首飾りを、
アントワネットのためにとロアンに購入させる。
そして、首飾りも購入金も着服してしまう。
いつまでも誰からも代金を支払われなかった宝石商の訴えにより事件が発覚。
聖職者であったロアンは無罪、
ラ・モットは有罪となり、
泥棒を意味する「V」の字の焼印を押され、投獄される。

その後脱獄してイギリスに渡り、
アントワネットの悪口をつづった暴露本を出した。

最期は気がくるって転落死したとされている。

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2011年09月20日

フェルゼン

ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン
高橋将仁が演じます。
スウェーデンの侯爵の息子。

仮面舞踏会でアントワネットと出会う。
アントワネットの最も愛する男性。
一時、アントワネットとの噂が立つのを恐れスウェーデンに戻るが、
アメリカ独立戦争から戻ってからは、パリに住む。
たくさんの結婚話があったが、
アントワネット一人に愛情を注ぎ続けた。
しかし、アントワネットはルイ16世の王妃、
決して叶う事のない恋であった。

フランス革命が勃発すると、
フェルゼンは王妃を家庭教師に、ルイを女装させるなどして、
国王一家を亡命させようと暗躍するが、
結局この計画は失敗に終わってしまう。

その後もフェルゼンは国王一家のために、
いや、アントワネットのために、
幽閉された国王一家を逃がそうと奔走するが、
結局願いは叶わず、
アントワネットはギロチンにかけられてしまう。

そして、フェルゼンは一生独身を貫いたのだった・・・
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2011年09月19日

マダム ポリャック

マダム ポリニャックとも言われる。
元々、伯爵家に嫁いだのだが、
不幸な目に逢って、家運は下がっていた。

しかし、ある舞踏会でマリーアントワネットに気に入られ、
それ以降、マリーの寵愛を受けた人しか入れない、
プチトリアノンという別邸に入れてもらえるほどになる。

フランス革命の原因の一つにもなった、
マリーアントワネットの税金の無駄遣いの一因には、
彼女がいる。
彼女が欲しがるものをマリーは次々と与え、
ポリニャック家にも多額の年金が与えられた。

それなのに、フランス革命が起きると
国王夫妻をあっさり見限り、
ウィーンへ亡命してしまった、薄情な女である。
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2011年09月18日

首飾り事件

今回の芝居のキーワードを考えてみた。
・マリーアントワネット
・ルイ・シャルル・ド・フランス
・デュバリー
・ラモット
・ポリニャック
・フェルゼン
登場人物で言うとこんな感じ。
それから、
・フランス革命
・首飾り事件
この辺りをざっとさらっておいてもらえると、
とても見やすいかと思いますよ。

今回はその中でも、首飾り事件について書いてみました。
興味があったら読んでみて下さい。


「首飾り事件」
デュバリーのために先王が作らせたネックレス。
なんと160万ルーブル(日本円で200億円)
しかしこれはルイ15世が亡くなったことで、デュバリーの手には渡らなかった。

そこで、出てくるのがラモット。

ラモットは、ロアン枢機卿というアントワネットを慕っている人物に
「自分はアントワネットと仲がいい。このネックレス、買ってくれたらロアン様からのプレゼントとして渡しておく」
と、ロアンにネックレスの購入を促す。
実は以前に、ラモットは偽物のアントワネットとロアンを密会させることで、
ロアンから信用されていたのだ。

まんまと信用したロアンは、
160万ルーブルを支払った上、
「あなたから王妃にお渡しください」
とネックレスもラモットに預けてしまう。

そして、ラモットはそのネックレスそのものと購入代金を懐に入れてしまう・・・

なんていう典型的な詐欺事件です。

この事件によってラモットは有罪になるが、
ロアンは無罪放免となった。
それ以降もラモットはアントワネットを恨み続けるのであった。


本日の、ワンポイントマリーアントワネットでした。
posted by shin-ny at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マリーアントワネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする